巨匠の価値

この前、クラシックギターの世界では巨匠と呼ばれる演奏家のコンサートに行ってきた。
この世界では第一人者、還暦を迎えたら記念と銘打って雑誌の特集や全国ツアーが組まれるような方だ。

結論から言うと、残念な演奏だった。
致命的なミス、そしてそこから演奏の流れが崩壊していった。

何回かこの方のコンサートを観に行ったが、その何回かもあまりよくはなかった。
しかし今回は今まで以上によくない出来映えだった。

Twitterなどで「とても素晴らしかったです!」「感動しました!」といった発言が散見されたが、世辞ですよね?と言いたくなる。
世辞ならそれでいい…社会では必要なものだから。
でも、やっぱりだめなものをだめだと言う人もいてほしかった。

つい巨匠の価値とは何だろうと考えてしまった。

このコンサートはフルートとの共演(フルーティストも高名な巨匠)だったのだけど、仮にもし自分が中学生くらいで、まだ何も楽器をやったことがなくて、コンサートを聴いてみたところどっちの楽器をやりたいと思うか?

考えてみると、絶対にフルートを選ぶだろう。

この会場には多くの中学生・高校生がいた。
彼らの中でクラシックギターをやりたいと、一人でも思っただろうか?

人が何かを始めるとき、とりわけ若い時分は、何か大きな存在への『憧れ』が原動力になる。
ああいう風になりたい、ああやって弾きたい…そういう感情が成長を促すと思う。

巨匠は、若い芽の遙か先から大きな背中を見せ、お前ら後に続けというような存在であってほしい。
でなくては、クラシックギターをやりたい人など今後生まれるはずもない。

演奏家として復活を果たすか、舞台からは引退して後進の指導に進むか。
やはり素晴らしい道を歩まれてきた方なので、どちらかを期待したい。